神言修道会、日本で花開いた中国宣教の夢
【神言会多治見修道院】
少し寒かったですが、太陽が出ると暖かく、黙想しながらそぞろ歩くには、うってつけでした。


黄色く色枯れしたブドウ畑を歩いていると、若者の集団が。
「こんにちは。」
「何しに来たの。」
と、話し掛けて来ます。
近くに停めてあった車に「AJU自立の家」の表示が。


当修道院では、ワイン醸造用のブドウを栽培しており、醸造は小牧ワイナリーに委託しています。
(以前は当地でワイン醸造まで行っていたようです。)
小牧ワイナリーは、AJU自立の家が2015年に障害のある方達の就労支援の場として、開設されました。
ブドウの収穫~ワイン醸造~販売までを行っており、先程の若者達はそちらから来ていたようでした。


こちらでは、毎年11月3日にワインフェスタが開催されていますが、今年も去年に引き続き中止となりました。
(コロナ禍憎し)
来年こそは、開催される事を切に願います。
もちろん、私が美味しいワインを腰が抜ける程飲みたいわけではないですよ。
AJU自立の家の活動に賛同しているので、自分が出来る支援をしたい!
ただそれだけ。
純粋な気持ちからです。


全く、修道院の話は出来てませんね。
見ての通り中世ヨーロッパのような佇まいの素晴らしい所です。
【神言会神学院】
名古屋郊外八事の丘。
南山大学の東側に一際目を引く、コンクリート打ちっ放しのモダニズム建築。
フランク・ロイド・ライトの元で帝国ホテルの設計・施行に携わり、大正期~昭和にかけて数多のモダン建築を手がけた、レーモンド建築のこちらは、神言修道会の神学院です。


神言修道会
1875年中国宣教を夢見て、聖アーノルド・ヤンセンが設立。
現在は世界60ヶ国6000人超の男子修道会になっています。


日本における宣教は、1907年~。
やはり、神言会の特徴は国際性でしょうか。
名古屋教区は神言会の司祭が多いのですが、欧米人か日本人かではなく、アジア諸地域の方が多く、とてもバラエティに富んでます。
この度は地下聖堂での、御ミサにあずかりに訪問しました。


ちょっと早く到着してしまい、聖務日課の朝の祈りからの参列です。
続々と司祭、神学生が集まって来ます。
ゲストの席は、祭壇の右横かなり奥まった所でした。


老齢の紳士(院長のような雰囲気の方)が祈りの本を貸して下さり、聖務日課が終わりました。
はい、今から御ミサです。
しかし、祭壇正面の席を占めていた方々(多分司祭)が三々五々散り始めました。
「何で?」
先程の紳士が説明してくれました。
「皆さんそれぞれの小教区に派遣されていくんですよ。」
なるほど。
今からそれぞれの受け持ちの教会でミサをたてるんだな。
入れ替わりで、ご近所の一般の信徒さんも若干名現れて来ました。
ちゃっかり、祭壇正面の空いた司祭の席に座ってます。
そうか、上手く棲み分けが出来てるんだなぁ。感心!
御ミサは、司祭3人に侍者1人の豪華版。
侍者は(神学生でしょうか)ミサ中に感極まって泣いていました。
(ピュアだわ~。)
ミサ後、大聖堂へ。


真ん中の円形大聖堂を神学院の建物が取り囲む独特の作り。
シンプルなコンクリート打ちっ放しの聖堂に、ステンドグラスからの光が彩りを添えます。




神学院の外で写真を撮ってると、一緒にミサにあずかっていたマダムが、話し掛けてきました。
「いつもは、ロゴスセンター(南山大学内のチャペル)に行ってるけど、今日は花を見に散歩を兼ねてここまで来たわ。」
と、おっしゃる。


ロゴスセンター内のチャペルは、学生のためのチャペルなんですが、近隣の住民の方は一緒に御ミサにあずかってるとの事。
(しめしめ、いい事聞いたぞ。)
今度はマダムに便乗して、御ミサにあずかりに行こう!
決意を胸に、ロゴスセンターチャペルに思いを馳せる私でした。
最後まで、読んで下さりありがとうございました。
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2022年四旬節黙想会
カトリック南山教会マリア館にて行われた、第34回 名古屋教区障害者連絡会 四旬節黙想会にお邪魔しました。


テーマは「心にひびいてますか神の恵みを」
指導司祭は、南山教会主任司祭 フィラデルフィ・パヴォール神父様です。


私は普段、障害を持っておられる方と接する事はほとんどありません。
しかし、縁あって今回の黙想会で障害をお持ちの皆さんと接する事が出来て、今回のテーマ「心にひびいてますか神の恵みを」を深く黙想する機会となりました。
桜の花が咲き始めた南山教会。
少し早く着いたので、小聖堂横の駐車場に車を停めて辺りを散策しました。
ピオ十一世館、神言会ハウス、ライネルス館と、キリスト教的重厚な建築に触れると、心が落ち着きます。




黙想会の導入としてはよろしいようで。
途中ワンちゃんに吠えられながらも、そろそろ時間となりマリア館へ。


講話の中で神父様が繰り返し、語られた事。
神の恵みが心にひびくためには感謝が大切な事。
私(自分)の力で生きてるのではなく、神様に生かされているという事に気付く事。
いつも喜んでいるという事。
私達は普段、あれもこれも、自分が自分が、とガツガツ生きています。(いや、会社や世間にそうし向けられているのかも知れませんが。)
でも、そこを越えた所に神様の恵み、生かされている喜びがあるのだと。
感謝を忘れず、小さな事に喜びを見出せる心の持ちようによって、新しい生き方が出来るのだなと感じました。


御ミサの中でも、ウクライナの方々のみならずロシアの方々のためにもお祈りの言葉がありました。
なるほど、神様は徴税人も罪人も救って下さる。(決してロシア兵士を罪人と呼んでる訳ではありません。)
昨年はコロナ禍により、AJU小牧ワイナリーにおいても、多数のイベントが中止になったりしました。
しかし、その事で逆に良い葡萄の実を厳選する事が出来て大変良い銘柄のワイン「ななつぼし桜ロゼ」が誕生しました。
やはりどんな時でも神様は善いように取り計らって下さる。
自分が自分がではなく、ゆだねて、信じて、喜んでいる事が、常に溢れて降り注いでいる神様の恵みをキャッチする(心にひびくって事なのかな)と思いました。


最後まで読んで下さりありがとうございます。インスタグラムで #教会聖地訪問 で検索していただけますと、最新の投稿がご覧になれます。
よろしければ、ご訪問下さい。
六甲眺望百花繚乱
1000万ドルとも称される六甲山の夜景。
昼間の眺望と合わせてたどって行きます。随所に絶景スポットがあり街に近い所から標高931mの山頂付近まで楽しめます。
神戸市街から北野異人館通りを目指して進みます。
東亜筋線から右折して再度山ドライブウェイに入ります。
最初のスポットビーナスブリッジに到着です。
まだ、薄暮ですが駐車場に車を停めると、カップルやデカいカメラに三脚を持ったおじさんがいます。
右手にレストランを見ながら階段を登ります。


登り切った所で右手にレストラン、ジャン・カルドがあります。眺望抜群のイタリアンレストランです。(昔はトゥール・ドゥールというフレンチレストランでした。)


正面ビーナステラスより、ポートタワーを目印にメリケン波止場を望みます。


ビーナスブリッジを通して、EAST KOBE(東灘区、芦屋市、西宮市方面)を望みます。


ビーナステラス『愛の鍵モニュメント』
そもそもビーナスブリッジやビーナステラス等、『ビーナス』の由来。
1874年(明治7年)にフランス人の天体観測隊が眼下の諏訪山公園内の展望台で金星(ヴィーナス)の観測を行い、それ以来その展望台は『金星台』と呼ばれるようになった事に端を発します。
また、ビーナスが愛と美の女神を意味する事から、”ここに鍵をつけると願いが叶う”という物語が広まりました。


最後に淡路島、明石大橋方面を望む絵でビーナステラスを後にしましょう。


次は度々山ドライブウェイを上り西六甲ドライブウェイを経由して天覧台へ。
六甲ケーブル山上駅に併設された昭和天皇も訪れた絶景スポットです。


正面神戸港を望みます。写っている鳥は国鳥キジのモニュメント。


最後に六甲ケーブル停車場を通して西神戸方面を望みます。


六甲ケーブル山上駅はアールデコ風の建物としても見ごたえのある建築で、天覧カフェからも絶景を味わいながら食事を楽しめます。
天覧台を後にし、西六甲ドライブウェイを再び山頂方面へ進みます。
六甲ガーデンテラスに到着です。


ヨーロッパの古城をイメージして建てられた11mの展望台です。
六甲最高位の展望台で360度パノラマの絶景が楽しめます。




六甲ガーデンテラステラスの閉館時間20時46分まであとわずか。
なんとか撮影を終わって宿へ戻ります。
東六甲ドライブウェイを下り、芦有ドライブウェイを経由して、関西の奥座敷有馬温泉へ。
投宿はエクシブ有馬離宮です。


パティオをぐるりと、回廊で囲んだ中世修道院風の作りで大変筆者好みの意匠でした。
コアでヲタクで独りよがりの投稿、最後までご覧くださり、ありがとうございます。
岡崎教会掲示板更新(6月は担当月です)
3月にリニューアルした岡崎教会の掲示板。
月一回の更新を持ち回りにしています。
6月は担当月なので更新しました。

5月にマザーテレサが設立した、神の愛の宣教者会に教会で集めたホームレスの方への支援品をお届けに訪問しました。
マザーテレサの紹介とマザーテレサの言葉で祈る『主よわたしをお使いください』を掲示。


6月は、イエスのみ心と聖母のみ心の月です。
筆者の好きな聖句『どんなことにも感謝しなさい。(1テサロニケ5、18)』を選びました。


2年程前に主任司祭だったH神父様にお願いして、聖句を英語で掲示したく、相談しましたら、調べて下さいました。
英語の出来ない筆者に、携帯から<The New American Bible>と<New Revised Standard Version>の英語聖書アプリをいただき、教えて下さいました。
今回は残念ながら、英語の聖句を掲示するのは見送りになりました。

所属教会の前は、"努力坂"と言う急な坂道で2つの中学校や登り切ったら、高校や国立研究所があり、学生さんや外国人の方が通ります。
今回も英語の聖句の掲示の願いは、叶いませんでしたが、調べて下さった神父様やzoomでの聖書の分かちあいのメンバー、神父様や教会の外国人の信徒さんに相談して、支えて頂き感謝いたします。


いつか、外国の方にも神のみ言葉を掲示して、伝える日ができますように。
祈りと賛美のうちに。神に感謝。
終了後、近所のカフェでご褒美ランチ。
パスタランチで前菜がビュッフェスタイル。


静かな落ち着いた雰囲気のあるお店です。
休日の午後にのんびり過ごすのに打って付けです。


うーん、ビュッフェスタイルだとつい頑張って食べてしまう。
まぁ、今日はいいか。よくやったぞ!
確かに息づくマザーテレサの愛、神の愛の宣教者会訪問
令和3年5月5日こどもの日、降りしきる雨の中あま市の当修道院を訪問しました。
(最近どうも雨に祟られてる?)
という事なので、所属教会から集まった支援物資は前日に車に積み込んでおきました。


連休中、しかも雨模様のためなのか道は空いていてスイスイでした。
予定より早く8時45分頃到着です。


名古屋市郊外(あま市)で畑の間に住宅が散在するのどかな所でした。
神の愛の宣教者会は、1950年10月7日、コルカタの聖テレジア(マザーテレサ)によって設立されました。
国内には東京、別府、そしてここ名古屋(あま市)の三ヶ所に修道院があります。


今回の訪問目的。
①所属教会で集まった支援物資のお届け。(ホームレス、出所受刑者、その他生活困窮者のための)
②活動の視察(お手伝い)
③所属教会への報告(今後の取り組みについての参照のため)


4名のシスターがいらして、とても歓迎して下さいました。
白いサリーブルーのラインの入った修道服のシスター達は、明るくほがらかで、インド、スリランカ、フィリピン、日本人と国際色豊か。
支援物資をお渡しして、ホームレス支援の準備のお手伝いをしました。

活動は水曜日、金曜日の週2日で本日のボランティアは、私達夫婦を含めて8名。
その中で3名は未信者です。
カトリック修道院の活動としては、珍しいな~。と、感じました。

話を聞いてみると、皆さんマザーテレサの活動、生き方に感銘を受けて奉仕しているようで、10年も活動を継続されている方だったり、月に1回有休を取って参加されたりと、活動自体がご自身の喜びになっているのがヒシヒシと感じられました。


準備のキリが着いた所で、14時30分の御ミサまで時間があります。
せっかくなので、最寄りの教会の五反城教会へ行ってみようと思いました。
車で名古屋市内方面へ。
15分程走ると特徴的な高い尖塔が見えて来ました。


門は開いています。敷地内に車を乗り入れ、聖堂の扉に手を掛けてみます。
良かった、開いています。
司祭館の前に車があったので神父様おられるかも?と思い入口でピンポン。
おられました。『修道院へ支援物資持って来ました、時間空いたのでお祈りさせて下さい、写真も、』とお願いしたらニコっと笑って『いいよ👍』と言って下さいました。
(ナイスやんこの方。神対応やわ。)と思いつつ誰もいない聖堂へ。

祭壇にはキレイな百合の花が生けてあります。

右手のマリア様の向こう側に立派なパイプオルガンが見えます。
今のこの状況下ではどうなのか分かりませんが、こちらではオルガンコンサートやオルガン講座が行われていると聞きました。

ロザリオの祈りを唱えて、神の愛の宣教者会での御ミサにあずかるため、教会を後にしました。
修道院にて。

神父様の車が到着し、出迎えたシスターが神父様に話し掛ける声が聞こえます。
『今日は新しい支援者の方が来られたのよ。』と言ってます。(シスター的にはもうボランティアの仲間入り?)
神父様答えて曰く『知ってますよ。』
やはり、巡礼にはご縁が付き物です。先程お邪魔した五反城教会のO神父様でした。
近隣の教会の神父様が持ち回りでミサを立ててるとの事ですが、今日はご担当だったようです。
ミサ後、ホームレス支援のための物資の積み込み、名古屋市内のN公園に行きました。

雨の中、61名のホームレスさんが待っておられ、支援物資を喜んでもらってます。

シスターが一人一人に暖かい言葉を掛けます。私も配りのお手伝いをさせていただきました。

マザーテレサの思い、生き方、愛がそこに確かに息づいているのを感じました。
支援品が無くなった所で終了です。
帰路につきながら、所属教会に良い報告が出来そう、来て良かったなと感じた次第です。
Happy Easter!浜松巡礼
令和3年4月4日訪問。
主のご復活おめでとうございます。
今にも雨が来そうな曇天ですが、夫婦+娘で、浜松巡礼にお邪魔しました。
10時45分開式のミサに40分に滑り込みセーフ。


訪問の旨を連絡し、受け入れて下さる教会はどこも一様に感染症対策がしっかり成されている事を感じました。

受付け時に完全指定になっている席のシールを受け取ります。(写真左側)
で、そこに座ります。(写真右側席番表示)
これで、いつ、何時に、どの席でミサにあずかったかが一目瞭然です。
蔓延防止措置とかの話もありますが、その中でもwithコロナという事で私達に何が出来るかを考えながら信仰生活を歩みたいと思いました。

いよいよ、ミサ開祭です。
栄光の賛歌、歌いました。2年越しです。涙が出るような感動でした。

神父様の語り口調もゆっくりで、合間の沈黙も長いです。
感謝の典礼に入ってからの聖変化も、初めて見るような意向でした。
ずっとホスチア、ぶどう酒を見つめて祈りの言葉を捧げ、丁寧に頭を低く下げておられました。
パンとぶどう酒が本当にイエス様の体と血になるのが感じられるほどです。

ミサ後に、気のいい外国人の信徒さんが声を掛けて下さり小聖堂に案内してくれました。

正面祭壇に、マリア様の影が映ってるように見えます。
これ、驚きなのですが肉眼で見ると全くの無地なんです。
写真を撮った後、画像を見るとマリア様が映ってるというプチ奇跡で、巡礼に来た皆さん一様に驚かれると言われてました。


教会の裏手にこじんまりとしたルルドがあります。
明治42年の建造で日本で3番目に古いルルドで、とても綺麗なマリア様がおられました。

帰りに、「パーティーは出来ないけど、気持ち。」と言ってお赤飯をいただき、浜松教会を後にしました。
せっかく来たので、以前門が閉まっていて敷地内に入れなかった鷺の宮教会へ。
浜松教会から北東へ30分程車を走らせて到着です。

今回は復活のミサの時間を事前に調べておきました。
終わった頃に到着するように調整して行ったら、ちょうど3人程の信徒さんが片付けを終えて帰ろうとしている所でした。


『教会はいつでも開いているのでどうぞ。』と親切に迎えていただき感謝です。
今度は誰もいない聖堂でしばし、祈りです。


イースターの喜びと、コロナの一刻も早い終息を祈って巡礼を終えました。
シトー会西宮の聖母修道院訪問記
令和3年3月23日訪問。
六甲山系の東麓、観音山の裾に1948年に設立されました。
登り口の交差点から振り返ると甲山越しに阪神間の街並みが見渡せます。
交差点からしばらく登ると静かな山懐の森の中に当修道院はあります。
ただただ静寂。
聞こえてくるのは風に揺れる木の葉の音と鳥の声ぐらい。

完全な観想修道院なので院内の見学やミサにあずかる事は不可です。
トラピストクッキーの購入のために、訪問しました。

今日は14時~16時が開店時間です。(日によって異なります。)

事前に訪問の許可をいただいていたので到着したら、受付のシスターが扉を開けてくれました。

色々ありましたが、4種ほどチョイスして購入しました。

クッキーは手作り製法で60年以上変わらない味、設立当時に居られたフランス人シスター直伝との事。
受付のシスターがとても親切な方で、修道院内で採れたはっさく(夏みかん)もお土産にいただきました。

ご好意で、受付と入り口から遠景で修道院を撮らせていただきました。


もし機会があれば是非とも院内を見学したいと思った次第です。